お金

パート勤務必見の「年収の壁・支援強化」、政府が対策を急ぐ理由

経済とお金のはなし 箕輪 健伸

パート勤務必見の「年収の壁・支援強化」、政府が対策を急ぐ理由

【画像出典元】「MJgraphics/Shutterstock.com」

いわゆる「年収の壁」の対策として、政府は10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」を実施すると発表しました。そもそも「年収の壁」とは何なのでしょうか?そして、106万円と130万円の「年収の壁」はそれぞれどのように違い、政府はどのように対策を行っていくのでしょうか。パッケージに盛り込まれた内容の詳細を、いま政府が「年収の壁」への対策を急ぐ理由とともにお伝えします。

年収の壁とは

コインと労働者
【画像出典元】「TimeShops/Shutterstock.com」

年収の壁とは、配偶者の扶養に入り、パートやアルバイトなどで働く人が、一定の年収を超えると手取りが減ってしまう問題です。社会保険上の「年収の壁」には、「106万円の壁」と「130万円の壁」の2種類があります。

まずは、「106万円の壁」への政府の対応を見ていきましょう。従業員数が101人以上の企業などで勤務する人の年収が106万円を超えると、配偶者控除から外れ、社会保険に加入する義務が生じます。これが「106万円の壁」です。厚生労働省が提示したモデルケースによると、時給1016円で週20時間働き、年収が106万円になった人の社会保険料の本人負担分は約16万円になります。つまり手取りが約90万円になってしまうわけです。

この問題の対策として、パート・アルバイトで働く人の厚生年金や健康保険の加入に併せて手取り収入を減らさない取り組みを実施する企業に対し、労働者1人当たり最大50万円の支援をすると発表されています。企業が16万円を「社会保険適用促進手当」として支給した場合、その企業には1年目に20万円が助成されます。2年目に賃金の15%以上を「社会保険適用促進手当」として支給した企業には追加で20万円が、3年目に賃金の18%以上を増額した企業には追加で10万円が助成されるという仕組みです。

「130万円の壁」とは、従業員数が100人以下の企業などで勤務する人の年収が130万円を超えると社会保険の加入義務が生じ、手取りが減ってしまう問題です。「130万円の壁」への対策は、年収が130万円を超えたとしても、すぐに配偶者控除から外れないようにする、というものです。事業主が労働時間延長などによる一時的な収入増であることを証明することで、最大2年まで扶養内にとどまれます。

政府が対策を急ぐワケとは

急いでブザーを押そうとする
【画像出典元】「eamesBot/Shutterstock.com」

ここにきて、政府が対策に乗り出した背景には、業界を問わず深刻化する人手不足の問題があります。今年7月、帝国データバンクが全業種の企業を対象に従業員の過不足状況を尋ねたところ、正社員が「不足」と感じている企業は51.4%に上りました。パートやアルバイトといった非正社員が「不足」と感じている企業も30.5%を数えています。

非正社員の人手不足を業界別に見てみると、人手不足の割合は「飲食店」が83.5%、「旅館・ホテル」が68.1%、「人材派遣・紹介」が65.8%、「各種商品小売」が56.6%、「飲食料品小売」が53.6%でした。非正社員の人手不足は、配偶者の扶養に入り、パートやアルバイトなどで働く人の割合が多い業界で特に顕著であることが分かります。

人手不足と「年収の壁」との関連性が高いことは、ほかの調査でも明らかです。野村総合研究所が2022年9月に行った、全国の20~69歳でパート・アルバイトとして働く、配偶者のいる女性(有配偶パート女性)を対象にしたアンケート調査によると、有配偶パート女性の61.9%が自身の年収額を一定の金額以下に抑えるために、就業時間や日数を「調整している」と回答しています。そのうちの78.8%が「年収の壁」がなくなり、一定の年収額を超えても手取りが減らないのであれば今より多く働くことを希望していることが分かりました。

現状の日本に合った制度を考えるべきでは

ワーキングマザー
【画像出典元】「Kaspars Grinvalds/Shutterstock.com」

多くの人が、もっと働くことができるのに、「働き損」になってしまうことを嫌って働く時間を抑えた結果、さまざまな業界で人手不足がより深刻度を増しているという現実があるのです。

そもそも年収の壁の原因となっている配偶者控除は、一家の大黒柱の男性がメインとして働いて、女性は家事・育児・介護などを担うことを前提に作られた制度です。しかし1980年に614万世帯だった共働き世帯は、2019年には1245万世帯と約40年の間で2倍に増えています。1980年の共働き世帯の割合は36%でしたが、2000年には過半数を占め、2020年には69.2%にまで上昇しています。夫婦共働きでなければ生活していくことが難しい世帯も少なくありません。

つまり過去数十年にわたって賃金が伸びず、労働力不足に直面している現在の日本と、「年収の壁」の元となる配偶者控除が創設された当時の日本とでは置かれた状況がまったく違うわけです。

今回の「年収の壁」対策は最長2年間という時限的措置です。2年後にこの対策がどう変化するかは明らかになっていません。しかし、少なくとも「働く意欲はあるのに働き損になるから働かない」という人を出さないための、現状の日本に合った恒久的な制度を考えるべき時に来ているのではないでしょうか。