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引き戸を開けて入ったのは、奥に長い昔ながらの日本家屋。あたりに漂うちょっと甘い香りは糊の匂いだろうか? 畳の上には、大きな提灯のワクが鎮座して、完成を待っている。
ここ福岡県八女市で200年以上続く老舗の提灯店「伊藤権次郎商店」を現在ひっぱるのは、若き兄弟だ。「兄は職人肌で、僕は商人肌」と話す弟、伊藤博紀さんに話を聞いた。
Q.ファッションビルの仕事から、提灯の仕事に移られたそうですね
いずれ提灯屋を継ごうという気持ちはありました。けれど外に出て仕事をするのも面白そうだと思って就いたのが、若者向けのファッションビルの仕事でした。そこでは企画を考えたり、イベントをやったり。「人がどんな時に気持ちを動かされるのか?」を考えて仕事をするのはとても楽しかったし、思い通りに集客できた時は気持ちがいいものでした。
実家に帰るのはもう少し先かな?と思っていたのですが、全国にいくつかある提灯を生産する町で、僕ら世代がおもしろいことに取り組みつつあるという状況を感じて、「自分だったらこうやるな!」と構想していたことを先にやられたくないと感じたので、思ったより早めに戻ることにしました。
すぐに新しい提灯づくりを始めました。岡山の薄いデニム地を取り寄せて、提灯に張ってみたのがこれです。
小さい頃から提灯が身近にあったので、ふだんから手伝いはしていたものの、いざそれを仕事とするとなると、自分の技術がまったく不足していることに気づきました。もちろん形を作ることはできるのですが、美しさが全然違う。これは、とにかくたくさん作って感覚を養い、美しい提灯が作れるように身体に染みこませないと!と、現在仕事をしているところです。
Q.八女の提灯の特徴を教えてください
二大提灯産地が八女と岐阜。そして生産量はかなり離れますが、京都の提灯が有名です。八女は盆提灯のシェアが日本一で、実は我が家以外の提灯屋さんは、盆提灯を作っています。うちでは神社やお寺に納めるものや、お祭り用の提灯を作っています。
八女提灯は、芯となる竹ひごを長くつないで、螺旋状に巻いて本体の形をつくるのが特徴です。竹ひごを扱いやすくするために細くする必要があり、これによって優美で美しい形が作れるようになりました。八女提灯が女性的と言われるゆえんです。
対照的に京都の提灯は竹ひごで作った複数の輪っかで本体を作ります。そのため竹ひごを長く細くする必要がなく、どちらかというと荒々しく男性的だと言われます。
また八女は水がきれいな地域でもあり、昔からよい和紙が作られてきました。いまでも僕たちは、地元の材料を使って提灯づくりをしています。
Q.年季の入った作業場ですが、代々ここで提灯を作ってきたのですか?
「伊藤権次郎商店」は、記録によると1836年から提灯づくりを行っていたことがわかっています。僕で8代目です。が、実はここ、3年前に購入してつくった工房なんです(笑)。ここの隣の隣が、本来は代々受け継がれている土地です。
どうしてって思いますよね? みなさん「江戸時代から続く職人の仕事場」と聞くと、古くて畳敷きで、昔ながらの道具を使って…というイメージを期待しませんか? 日本人はもちろん、外国人観光客も八女の白い壁の町並みを訪れ、ここにも見学にやってきます。これは伝統工芸を現代で続けていく上で、大切にしたほうがよいイメージだと思い、「古き日本のイメージ」を再現することにしたのです。一種のテーマパークと言ってもいいかもしれません。古い道具はたくさん残っていたので、そんなに難しいことではありませんでした。
Q.ここで開催した「おばけ提灯展」のことを教えてください
せっかく「和のテーマパーク」ができたので、この場所を活かしておもしろいことができないかな?と考えました。そこで企画したのが「おどろおどろ 奇々怪々な提灯展」と銘打って、おばけ提灯を展示することでした。
もともと鳥山石燕の「画図百鬼夜行」という画集が大好きでした。水木しげるさんも妖怪を考える時に参考にしたと言われる浮世絵で、名前もおもしろいし、妖怪一人ひとりのキャラクターもユニークで、見ていると時間を忘れます。ある時、「せっかく提灯がたくさんあるのだから、おばけ提灯をつくったらおもしろいんじゃないか?」と思いついたのがきっかけです。古い提灯に本格的な絵付けをし、さらに畑に埋めてエイジング。提灯屋が本気を出したら、めっちゃ怖いおばけ提灯ができるんだぞ、と言いたくて(笑)。
それをこの雰囲気たっぷりの古民家で、提灯の灯りだけで展示しました。たくさんの人が来てくれましたが、中でもうれしかったのは、小学生たちが本気で怖がってくれたこと。悲鳴を上げる様子に、ニヤニヤしちゃいました。小学生たちの間では妖怪がブームだから詳しい子どもたちも多くて、「わー!これ牛鬼でしょう?」「そうそう!」なんて話も弾みました。
Q.伊藤権次郎商店製の提灯が、ディズニー映画に登場したそうですね
最初はホームページからの問い合わせでした。英語だったのでスパムだと思って放置していたら、何通も何通も届いて、それがなんと映画製作会社からのメール。最初は「本当かな?」なんて疑心暗鬼でしたが、それ以降通訳の人が間に入り、徐々にサイズや仕様などの内容を煮詰めていきました。とにかくたくさんの提灯をイギリスのスタジオに送りました。
そうして実際に提灯が使われたのが、ディズニー映画「くるみ割り人形と秘密の王国」です。けして日本風のセットというわけではないのですが、大切なお城のシーンでたくさんの提灯が灯りとして登場しています。「僕たちの提灯がこんなふうに使われるのか!」と映画を、目を皿のようにして鑑賞しました。
この時に感じたのが、自分こそ実は固定概念にとらわれていたのではないかということ。まさか外国の城で灯って違和感がないなんて、想像もしていませんでした。もっと自由な発想で提案してよいのでは?と感じた出来事でした。それにしても、八女にいながらにして世界と繋がれるなんて、提灯はなかなかのポテンシャルを持ってるって思いませんか?
Q.これまでに作った提灯で、印象に残っているものはなんですか?
博多の総鎮守・櫛田神社に奉納した提灯です。ずっと奉納のお願いをしていて、ついに念願が叶うことに。宮司からは僕のセンスで作ってみてほしいとのこと。信頼していただいていると感じ、光栄であると同時に、すごいプレッシャーです。10回ほど通って、いくつかの方向でデザインを考えました。最初は「格式ある神社なので、王道のものを」と赤い提灯で考えていました。が、ある時「もうちょっと冒険してもいいのかも」と感じました。
そこで作ったのが、ご神体のイチョウの木をイメージした黄色い提灯。これはチャレンジでした。するとこの提灯を気に入ってくださり、奉納させていただくことになりました。
神社ってもっと保守的だと思っていたのですが、一番チャレンジングなアイディアを採用してもらったことで、さらに自分の発想のワクを広げないといけないとも思いましたし、やってもいいんだという背中を押してもらったような自信にもなりました。
Q.これからどんなことに取り組みたいですか?
僕が当初想像していたよりも、提灯に魅力を感じてくださる人が増えています。ホテルのインテリアに使ってもらったり、ファッションビルの装飾に使ってもらったり。提灯って、デザイン的にシンプルで、意外にさまざまなテイストに合うんですよ。「古くて新しい」可能性があるものだと感じています。
これからは「九州」と「海外」を視野に展開していきたいです。外国の人たちも興味を持ってくれると思うので、ニューヨークで展示会をしたいなと考えています。もっとフラットな視点から、新たな提灯の魅力を提案していきたいですね。