手漉き和紙がアートや建築に。表現力で和紙の可能性をデザインする「紙漉思考室」
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手漉き和紙がアートや建築に。表現力で和紙の可能性をデザインする「紙漉思考室」

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山に囲まれた大自然の中で、和紙の原料を仕込み、丹念に和紙づくりを行う「紙漉思考室」の前田崇治さん。佐賀県唐津市・七山という町から離れた場所に工房を構えながら、東京の有名ブランドのデザイナーや空間デザイナー等から和紙製作のオファーが絶えない状況だ。

その圧倒的な支持の理由は、ため息が出るほど丁寧かつ繊細な生産背景と、前田さんの技術と表現力にあるようだ。今回は、前田さんが運営する「紙漉思考室」の工房へ訪れ、和紙づくりに目覚めたきっかけや、職人として貫き続けているポリシーなどを尋ねてきた。

Q. 前田さんが、和紙に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

Q. 前田さんが、和紙に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

大学では写真を専攻しており、卒業制作の際に、写真を和紙に転写する作品を作りました。当時父が趣味で和紙を漉いていて、質感があるもの同士を融合させたら面白そうだと思って挑戦してみたんですよ。でもこれが失敗に終わってしまって……。

一方で、同じように和紙にプリントしていた他の子は成功していて、この違いはなんなんだ!? と。考えた結果、原因は紙質にあることがわかり、それからですね、和紙の世界にハマッたのは。

最初は軽い気持ちで全国の紙屋さんを車で転々と巡っていましたが、だんだん紙の質感や製法などの奥深さに魅了されて、最終的には和紙の本場・高知県土佐へ渡り、修業するにまで至りました。

高知県は紙の産地。原料を作る人、紙漉きの道具を作る職人、和紙職人、機械で作る紙製品の工場もたくさんあって、トータルで紙のことに触れられる環境です。当時、高知県手すき和紙協同組合による和紙職人の後継者育成事業が行われていたので、その制度に参加して、1年間職人の方のもとでじっくり土佐和紙の技術と知識を学びました。

この後継者育成事業では、水道・光熱費込みで住まいを毎月1万円で貸してもらえたので、経験や十分な蓄えがない自分でもエイッと身を投じられましたね。師匠に学びながら製作所を無料で借りて、和紙の原料をいただき、ひたすら紙を漉く日々。漉いた和紙は組合に1枚50円で買い取ってもらえて、修業の身としてはこの支援がとてもありがたかったです。

1つの和紙を追究する人もいますが、私はいろんな種類の和紙を作ってみたかったので、基礎を身につけた後は紙の研究機関や工房などの現場へ行ったり来たりして、さまざまな和紙を学び、作り続けました。中には歴史的な掛け軸や古記を修復するために、当時と同じ原料・製法で作るマニアックな和紙もありましたね。

Q.七山に工房を構える際に苦労したことは?

Q.七山に工房を構える際に苦労したことは?

一番苦労したのが土地探しですね。工房を構えるには紙漉きに必要な良質な水が流れている広い土地が必要でした。そんな条件の土地を探していたところ、父の友人の紹介で現在の土地を格安で譲っていただくことができました。まず都会ではありえない金額です!おかげさまでこの素晴らしい環境で仕事をすることができるようになりました。

Q. 和紙を作る上で、原料の下処理に手間暇をかけているそうですね?

Q. 和紙を作る上で、原料の下処理に手間暇をかけているそうですね?

和紙づくりと言えば、多くの人が手漉きのシーンを思い浮かべそうですが、それは終盤の工程で、全体の2割程度の作業なんですよ。一番時間をかけるのは、原料を仕込む工程です。これが和紙のクオリティーに関わる大事なプロセスで、一つひとつを手作業で行う、本当に地道な仕事です。

原料に使うのは、クワ科の植物・楮(コウゾ)。高知県産の土佐楮は上質で優れているけれど、その分値段も高いので、この土佐楮と、地元で取れる楮、土佐楮の苗を中国に持ち込み育てられた中国産楮の3種類を使い分けています。

仕込みでは、楮の外皮を削り落とし、大釜で煮て、水にさらして灰汁を抜いて、乾かした後に一本一本を確認しながらチリや傷ものを取り除く。そして、丁寧にたたいて束になっている繊維を一本ずつばらばらにして柔らかくし、紙漉きの液体にするために原料・水・トロロアオイを加えて撹拌する……と、手間隙かけながら仕込んでいきます。

大量生産型の工場では、作業効率やコスト削減のために機械を導入して、塩素漂白剤で楮の傷やチリを目立たなくすることもありますが、そんな強い薬剤を使うと楮の繊維が傷んでしまいます。

私は楮の風合いを守りたいので、強い薬材は使いませんし、パルプも入れません。手間をなくして、コストも安く済むからといって、素材本来の風合いや紙質を変えたくないのです。

大々的に「伝統的なやり方で作っています」とは言っていませんが、私がやっている“繊維に負担をかけない作り方”は、昔ながらの製法と共通していると思います。オーダーを受ける際はお客様の要望を汲み取りながら作るので、発注内容に応じて楮以外にも藁やヨシ、土なども原料として使いますよ。

白楮紙300枚(税別 1万1400円)に亜鉛版で活版印刷を施した名刺(91mm×55mm)300枚 印刷費片面1色1万5080円〜(税別・桐箱代別途1000円)

Q. 和紙づくりの道具も昔ながらの年代物ですよね。道具へのこだわりもありますか?

Q. 和紙づくりの道具も昔ながらの年代物ですよね。道具へのこだわりもありますか?

うちでは高知県で作られた道具を使用しています。紙漉きの特性を熟知した職人さんが手がけた道具なので、細かい部分までクオリティーが高いんです。ただ近年は、手漉きの職人をはじめ道具職人も減り、私がかつてお願いしていた道具職人さんもご高齢で亡くなりました。

それでも生前に作ってくださった道具は、本当に精密で、頑丈で長持ち。今手元に残っているこれらの道具が壊れないように、大切にケアしながら使っています。

紙を漉く際に使う簀桁(すげた)も高知県のもの。作られて15年くらい経ちますが、今も変わらず状態がいい。高知県では「りぐる」という方言があって、「凝る」という意味で使われています。高知産の道具は使いやすいようにと、“りぐって”精巧に作られているので、他の地域で作られた道具にはない利便性と使い心地がある。

天吊りの竹道具は、明治時代に高知県の吉井源太という方が発明したもの。紙漉きの工程は、原料が入った液体を汲んでは流し、汲んでは流し、何度も上下左右に動かしながら紙の厚さを均等にしていく重労働ですが、この道具の竹のしなりのおかげで、簀桁を持ち上げるときの負担が軽減されるんです。

Q.ユニークな和紙のプロダクトや、取り組みを教えてください。

Q.ユニークな和紙のプロダクトや、取り組みを教えてください。

2015年に「COSMIC WONDER(コズミックワンダー)と工藝ぱんくす舎」の展覧会「かみのひかりのあわ 水会」にて、鳥取県智頭町産大麻と京丹波の植物を使った和紙を私が作り、それ使って主宰の前田征紀さんが紙衣を制作されました。これはアパレル業界やアート界の方の目に触れる大きな機会でしたね。
【写真:Seiichi Maesaki】

また、有田焼のプロダクトブランド「2016/」のレセプションパーティーの際には、クリエイティブディレクター・柳原照弘さんからの依頼でテーブルクロスとエプロンに使う和紙を作りました。通常の和紙より破れにくく、軽く水洗いできるほど強い素材にするために、こんにゃく皺加工を施し、器のテイストに合わせて、グレーにベンガラ染めしましたね。完成品を見るとスタイリッシュで今っぽいムードですが、昔ながらの製法で作った自然素材の和紙です。

ほかにも、ご住職が使うクラッチバッグ用に黒ベンガラ染めの土佐楮紙、商品タグ用にどっしりとした厚みのある胡粉入り楮紙も作りました。
【写真:紙の一輪ざし(近日発売予定)。博多の寺町通りにある花屋「つむぎ」とのコラボ】

Q. これからどんな和紙を作り出していきたいですか?

紙は素材であり表現手段だと考えています。そして私は和紙作家というよりも、あくまで素材の作り手という立ち位置で、便箋・封筒から、空間のパーツ、プロダクトのベースまで、要望によってさまざまな和紙を漉くのが仕事。
【写真:和紙のモビール「かざかみ」ロング 7500円(税別)】

今までもやってきましたが、これからも空間に溶け込む和紙を作り出していきたいですね。一見和紙っぽくないデザインや、風合いがよく、すっと生活の場に溶け込める素材など、建築家やデザイナーと一緒に、和紙を使いながらいろんな空間演出ができたらいいなと思います。

ここで作った和紙が私の手元から離れ、別の方の手によってカタチとなることがほとんどです。完成形を見ると、「あの和紙がこうなったか」と感嘆します。大きな空間に自分の和紙がばっちりハマッた時の感動も、ものすごく大きい。

自分では思いつかない和紙の新鮮な採り入れ方もあって面白いですし、第三者の感性によって表現された完成品を見るのが毎度楽しみで。表現者の思い描いたものをうまくカタチに起こせる、そんな和紙づくりを突き詰めていきたいですね。

Q.例えばですが、自由に使える100万円があったら、前田さんは何に使いますか?

Q.例えばですが、自由に使える100万円があったら、前田さんは何に使いますか?

そうだなぁ、今は欲しいものではなくて、叶えたいことが一つあるんです。100万円じゃ足りないので(笑)、もう少し予算が必要ですが、工房の敷地内に小屋を建てて、紙と紙にまつわるアイテムの展示室を作りたいなと思っています。

来てくださったお客さんには、山に囲まれたこの雄大な景色を眺めながら、ゆっくりとした時間を過ごしてほしい。

石段のスペースの位置に椅子を並べて、すぐ下に流れる川のせせらぎを聞きながら、腰を下ろしてお茶を飲めるようにできたらいいな。そして、ときどき小屋で催し事を開いて、人が集まる日を作るのも楽しそうですよね。

今は制作で忙しくしているので、すぐに実現するのは難しいですが、いつか叶えたいと考えています。

紙漉思考室 前田崇治

紙漉思考室 前田崇治

1978年生まれ、佐賀県唐津市出身。 大学卒業後、土佐和紙に魅せられ高知で手漉きを学び、道具・原料・技術に関わる人々のもとで、多くの紙の知識を学ぶ。2007年唐津市の七山で独立し、2009年に屋号「紙漉思考室」を掲げる。紙は素材であり表現手段。製品のジャンルを問わず、プロダクトから空間まで、表現者のあらゆる要望に、培った知識と技術で柔軟に応えるべく日々手漉きに励む。

紙漉思考室
佐賀県唐津市七山木浦1386 
Tel:0955-58-2215
HP
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