全国から依頼が殺到!「おめでとう」の新しいカタチを作る水引デザイナーに質問!
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全国から依頼が殺到!「おめでとう」の新しいカタチを作る水引デザイナーに質問!

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お祝いのシーンで渡す祝儀袋や贈り物には、縁起物の水引(帯紐)が多用されている。これまで水引といえばオケージョンのシーンで登場することがほとんどだったが、最近では普段使いのポチ袋やプレゼントなど、暮らしの中に溶け込む存在になりつつある。しかもおしゃれでチャーミングで、女性心をキュンとさせるようなモチーフがたくさん!

このように今までにない新しい水引のスタイルを提案し、水引が持つ本質と魅力を発信するのが、水引デザイナーの長浦ちえさん。福岡にアトリエを構え、国内外を集め企業からの製作依頼も後を絶たない。そんな長浦さんに、このスタイルに行き着いたプロセスと、日本文化を象徴する水引の魅力を尋ねてきた。

Q. 求人誌で水引のデザイナー募集を見て、この世界に入ったそうですね。水引のどんなところに惹かれましたか?

Q. 求人誌で水引のデザイナー募集を見て、この世界に入ったそうですね。水引のどんなところに惹かれましたか?

ちょうど美術大学を卒業したての頃で、当時は「水引」の言葉よりも、水引の背景にある「日本文化」というキーワードに惹かれて応募しました。今でこそ水引デザイナーとわかりやすく言っていますが、当時おそらくそのような職業はありませんでした。私も最初に入った会社では水引デザイナーという肩書きではなく、商品企画デザイン課に所属していました。

水引には、水引そのもの(生水引)の製造元と、生水引を仕入れ細工を施す加工会社(加工屋)があります。生水引を作る製造元は国内数社あり、産地としては長野、愛媛、京都、金沢の一部。私の立ち位置は、イメージを膨らませてデザインに合う生水引を全国の産地より仕入れて加工していますので、加工屋となります。

Q. 水引は伝統が深く、保守的で硬派なイメージです。美大卒の長浦さんにとって、窮屈さはなかったですか?

Q. 水引は伝統が深く、保守的で硬派なイメージです。美大卒の長浦さんにとって、窮屈さはなかったですか?

1社目では、水引の飾りや祝儀袋、百貨店のオリジナル商品や専門店のOEMもデザインしていました。最初は全然分からなくて(笑)。美術大学では油絵を専攻していたので、自分の世界観をいかに表現するかを求められてきました。けれど、会社では「作品」ではなく「商品」を作れと。当たり前のことだとわかっても、求められるものが正反対なので戸惑いました。

そんな私が尖ったものばかり作るので、上司から呼び出されたことも(笑)。当時は“売れ筋”より自分の好みの方が強くて、王道に比べるとやはり人気が薄かったんです。「売れるモノと好きなモノが違う…」と壁にぶち当たりもしましたが、顧客のターゲット層を読んでちょっとだけ攻めてみたり、自分なりのさじ加減を試してみるとだんだん売り上げの数字が付いてきておもしろくなってきました。自分の“感覚”と“読み”が当たったときの快感が、仕事のやりがいにつながりましたね。

Q. 水引を広めるために、25歳でフランス・パリへ渡ったそうですね。どういった活動をしましたか?

Q. 水引を広めるために、25歳でフランス・パリへ渡ったそうですね。どういった活動をしましたか?

パリ市内を練り歩きながら日本の商品を扱う雑貨屋さんを調べたり、日本人オーナーの店を紹介してもらったり、情報収集しながらとにかく動き回りました。自分のポートフォリオを持って飛び込み営業をするんです。あの頃は若さだけで突き進んで、ガッツがあったなぁ(笑)! 提案したのは、クリスマスやニューイヤーのデコレーション用の水引作品。素材を仕入れるだけでも検疫だの税関だの、涙ぐましい悪戦苦闘を繰り広げていましたよ。

パリの人たちは、良くも悪くも「私にも可能性があるかも!」と、幸せな勘違いをさせてくれたと思います。当時の日本は肩書きで判断される時代でしたが、フランス人はみんな「私があなたの作品が好きかどうかで判断するわ!」という見解。あと、現地のマダムから「なぜ黒を使わないの?」と言われてハッとしたんです。ずっと慶事関係の商品を多くデザインしてきたので、黒系の水引をほとんど選択することがなく、黒を色として認識すらしていなかったかもしれない。けれど「黒もきれいな色なのに」と言われて、目からウロコでしたね。

【下写真:パリのホテルで水引作品を設置する長浦さん】

Q. パリでの経験が仕事の向き合い方と感性を変えたんですね。どんな変化がありましたか?

Q. パリでの経験が仕事の向き合い方と感性を変えたんですね。どんな変化がありましたか?

渡仏前は会社で何千万円という売り上げの数字を見ても実感がわきませんでした。それはきっと相手が見えていなかったんですね。文化も慣習も違うフランス人が手に取ってくれたということに、モノが動くリアルさを実感できたのです。世界が動いたという感覚!

また、帰国後に実を結ぶ機会も。ヨーロッパテイストのライフスタイルショップから祝儀袋の企画・製作依頼を受けたときのことです。「うちらしい祝儀袋をデザインしてください」と言われ、どうやらエッジが効いたものを作ってよさそうだと。そこで消費者の目線に立ち、自分がこの店で買うなら…とシビアに考えた上で、黒やグレーを基調にしたデザインを提案しました。

今までにないタイプでしたが、クライアントから喜ばれて、すごくうれしかったですね。しかも数年後、別の企業さんからお仕事の依頼があったときに、その祝儀袋を参考資料として出されたんです! あのときの新しいテイストが世間的に評価されたという手応えを感じました。

Q. 長浦さんが作る水引は、今まで見たことないデザインで魅了されます。いつからこのオリジナリティーを確立されたのでしょうか?

パリに行く前に創作意欲に火がついて、取り憑かれたように新商品の試作を作ってたんです。今まで使ったことのない素材を買い込んで、これまで見たことのないようなものを感性の赴くままに…。そしたら社長が褒めてくれて、そこからアーティスティックなシリーズが商品化されることに。百貨店限定の少量生産でしたが、次に向かう大きな弾みになりました。

そして独立前に、自分のブログ内で「勝手にSeries」というコーナーを立ち上げました。「誰にも頼まれてないけど、勝手にイメージして、勝手に作っちゃいました」という趣旨。あの大好きなブランド、リスペクトする企業の広告を水引で作ったらどうなるだろう、と。そしたら6〜7年後、本家本元から製作の依頼をいただけることに…! クライアントさんもこの「勝手にSeries」を見てくださっていたようです。本当にありがたいことです。

▲「勝手にSeries」 https://tiers.jp/katte_series/

Q. デザインするにあたって、どういうものからインスピレーションを得ていますか?

Q. デザインするにあたって、どういうものからインスピレーションを得ていますか?

奇をてらったり、何か特定のことからインスピレーションを受けたり…など、そういったものは特にないです。すごく斬新なことをしているように見られますが、私としては昔から受け継がれている型を守っているつもり。

水引には1400年以上脈々と受け継がれてきた歴史があります。時代が変われば流行りやスタイル、消費者の捉え方も変わりますが、水引が持つ“相手を想うもの”という本質は絶対に変わらない。その本質を重んじ、今のライフスタイルに合わせた表現をしています。デザインは緩めるというよりも、引き算に近い感覚。ひと昔前は盛るデザインが多かったですが、今の時代はミニマムにスッキリさせた方がかっこよくて受け入れられます。

この「スタンド花輪」は、大人の遊び心をくすぐるアイテムです。自分がスナックのママになった気持ちで作りました(笑)。

常連客や仲間がみんなで揃えて渡すとお祝いムードが高まって、カウンターにたくさん並ぶ光景もかわいい。逆に本来「贈られる側」も自分たちなりの演出として楽しめます。渡すときも飾っておく期間も、コミュニケーションツールになる新しいお祝いのカタチです。

「スタンド花輪」 864〜1080円
TIER オンラインショップ

Q. 材料にこだわったスペシャルなご祝儀袋が評判ですよね! どんな素材で作られていますか?

Q. 材料にこだわったスペシャルなご祝儀袋が評判ですよね! どんな素材で作られていますか?

自分もそうですが、歳を重ねると自分らしさも大事だけど、きちんとしたご祝儀袋で気持ちを贈りたいなと感じます。そんなときは、こういうスタンダードで上質なものを持ちたい。

びっくりするくらい素材にこだわって作っています。佐賀県の紙漉思考室さんにお願いして、楮(こうぞ)繊維のみを用いて手漉き和紙を作ってもらいました。水引も日本で唯一手扱き・手染めを行う、長野県の水引職人にオリジナルの水引を作ってもらってます。宮内庁のみで使用される特別な水引と同じ手法とあって、手づくりならではのしなやかでふっくらとした風合い。シンプルだけど存在感がありますよね。

この水引は空気を含んだような柔らかい白の部分と、通常の水引よりも硬い赤の部分があり、他と違って独特の感覚。結う際の力の入れ方などがとっても難しい。生産数も限られるので、東京の「CIBONE(シボネ)」や「CIBONE CASE」、TIERのオンラインショップなどで販売しています。

「紙漉き職人・水引職人とつくるご祝儀袋」 1296〜1728円
TIER オンラインショップ

Q. 長浦さんが個人的に、ちょっと高くついたとしても買うもの、やりたいことは何ですか?

昔でいうと、画材はケチらず気に入ったものを買うタイプでした。今も自分の仕事に繋がる道具やアイテムは、いいと思ったら迷わずスパッと買いますね。あと、経験についても自己投資する方かな。お礼参りも兼ねて全国の神社に足を運びます。私自身、これまでを振り返っても見えない縁でつながっていると感じますし、皆さんが想う「ありがとう」「おめでとう」というカタチのないものを水引の結びで表現し、それを生業にしているので、神社へ手を合わせに行く習慣はこれからも大事にしたいです。

今後の展望ですか?個人的には、自分自身もまだ見たことがない水引の作品を創造してみたいです。お仕事では、今のライフスタイルや時代の許容範囲を見極めながら提案し続け、水引の歴史と文化を絶やさずに、次世代に渡すことです。

TIER 長浦 ちえ

TIER 長浦 ちえ

1979年生まれ、福岡出身。2003年武蔵野美術大学油絵学科卒業後、商品企画として水引の商品デザインに携わる。2004年のパリ滞在中に、日本料理屋や雑貨店、5ツ星ホテル「Ritz Paris」などでアートワークを展開。帰国後、有名企業の広告やオリジナル商品を多数手掛ける。2008年に福岡に戻り、2013年「TIER(タイヤー)」を始動。企業の広告ポスター、CDジャケットのアートワーク、イベントのアートディレクションなど水引の発信領域を広げ、活躍する。著書に「手軽につくれる水引アレンジBOOK」「手軽につくれる水引アレンジBOOK2」(ともにエクスナレッジ刊)、「はじめての水引アレンジ」(世界文化社刊)がある。

TIER HP
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