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リブラ、そしてデジタル人民元…マネーの世界に生じている地殻変動

松田 学のみらいのお金と経済 松田 学

リブラ、そしてデジタル人民元…マネーの世界に生じている地殻変動

 いよいよ令和時代も「令和2年」を迎えました。昨年の2019年に終了した平成時代は、マルタ会談で東西冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩壊した1989年から始まった30年間の時代でした。

この間、世界では旧社会主義圏も含め、国境を超えてモノ、カネ、ヒトが行き来するグローバリゼーションが進展し、インターネット革命を中心とする情報技術の急速な普及が経済社会を大きく変えていきました。

こうした波に乗って競争力を高めた国や企業が「勝者」になりましたが、残念ながら、日本は平成の30年間を通してみると、主要国の中で最も経済が成長しなかった国でした。その大きな理由として、グローバルなデジタル経済化の波に決定的な遅れをとったことが挙げられます。これは電子データが主導する経済です。

もはやデジタル経済の分野では、日本は中国の後塵を拝する以外にない…。私の知人で元経済産業省の幹部、現在は日本を代表する某大手電機企業の副社長をされている方が、こんなため息を漏らしています。確かに、人工知能(AI)やビッグデータの活用を始めとする情報技術の面で、中国はアメリカにとっても大きな脅威になっており、これが「米中新冷戦」の背景にあります。

もう一つ、デジタル経済で中国が脅威になりそうな分野として、通貨が浮上しています。

中国デジタル人民元の衝撃

私はもう、だいぶ前から警告してきたのですが、中国が「デジタル人民元」の発行に踏み切ることが現実味を帯びてきました。一年ぐらい前ですと、私がこんなことを言っても、あまり関心を持たれませんでしたが、最近では、新聞やテレビなどでもデジタル人民元が報道され、注目されています。

このデジタル人民元の詳細はまだわかりませんが、仮想通貨の技術基盤であるブロックチェーンを用いて発行されるとも、それとは少し異なる暗号技術が使われるとも、色々な説が流れています。少なくとも、私の知る限り、昨年7月現在で中国人民銀行はブロックチェーン技術の特許を80件以上も取っていたようですから、相当、入念な準備が進められてきたのでしょう。

いずれにしても、従来のお金とは形態の異なる、情報技術を用いた暗号通貨が、いよいよ国家の法定通貨として誕生する可能性が高まっています。

デジタル人民元の当面の意図は、このところ人民元それ自体の信頼が低下して海外に流出を続けていることに対する資本流出規制。そのためにブロックチェーンを用いた管理強化ということがあるとされています。さらには、人民に対する監視体制を強化している中国当局として、おカネを通じた国民監視にも役立つということがあるのかもしれません。

前回も述べたように、ビットコインなど現在の仮想通貨でのブロックチェーンの使われ方は、中央管理者がいない分散型の「パブリックチェーン」です。実は、これが中央管理者が存在する「プライベートチェーン」として使われると、これまで考えられなかったような高い精度の情報を中央管理者が得ることができるようになります。法定暗号通貨でユーザーの情報が国の管理下に…。

暗号通貨は特に貿易金融では利便性が高く、中国が中長期的に狙っているのは人民元の国際化だとみることもできます。これまで人民元は、米ドルをバックにして発行されてきたものでした。米ドル基軸通貨体制からの脱却は中国の長年の悲願です。最近はアメリカから経済面で痛めつけられているのが中国。経済の根本にある通貨で経済の首根っこをアメリカに押さえられているのは、もうたまらない…。

いま中国は、「一帯一路」構想を推進しています。これは、かつてのシルクロード周辺の国々を軸に、東は南シナ海から中東を経て、西はヨーロッパまで、北はロシアから南はインド洋、アフリカへと…ユーラシア大陸のほとんどを占める広大な地域で、中国が主宰する世界秩序を形成しようとするものといえるものです。これは要するに、中国の世界覇権や軍事が目的なのだという見方もあります。

この地球上の大きな部分をカバーしてしまう広大な地域で、中国の人民元が基軸通貨になる…?これは現在の基軸通貨国のアメリカにとっても脅威でしょう。

リブラの衝撃

最近、暗号通貨ではもう一つ、話題になっているのが「リブラ」です。中国の通貨覇権が恐いなら、同じ暗号通貨として、アメリカに本拠を置くフェイスブックが提案しているリブラで対抗すればいいのでは…?

ところが、アメリカも他の先進国も、通貨当局にとっては、このリブラも困りものです。フェイスブックのユーザーは世界で27億人。各国の通貨当局がコントロールできる範囲の外側でリブラが広く流通する通貨となれば、どうなる…。

国際金融の安定にとっては重大な脅威になるでしょうし、各国が金融政策で法定通貨をコントロールすることによって成り立っている経済政策も効かなくなってしまう…。取引参加者が誰かを特定しにくいのが匿名性の高い暗号通貨だとすれば、犯罪やテロの資金を隠蔽する「マネロン」への対策は果たして大丈夫なのか…。

こんな懸念のもと、昨年夏のG7財務相・中央銀行総裁会議では、リブラを許容する前提は、確固たる規制の枠組みを構築することであるという合意がなされました。

特に、基軸通貨の米ドルが国際決済の主軸であることが、たとえば北朝鮮などに対して行われている経済制裁の実効性を担保する上で不可欠だと、アメリカは考えていることでしょう。そうなると、リブラはデジタル人民元同様、世界の安全保障の観点からも大きな脅威になります。

自由主義陣営の各国当局とも、リブラ潰しをしたいのが本音でしょう。

このリブラは、法定通貨との間でレートが固定される「ステーブルコイン」となることが検討されています。そうだとすれば、日本の金融庁の定義上も、それは法定通貨と分類され、法定通貨と同じ規制がかけられることになります。たとえば、100万円以上の送金業務を行うためには、銀行免許が必要です。結局、リブラも通常の金融規制に服する必要があるという議論になっていきます。

こうして各国とも、何らかのかたちで法定通貨と同様の規制の網をかぶせれば、今度は、仮想通貨であるがゆえのリブラの利便性が損なわれる可能性が否定できなくなります。そもそも何のための暗号通貨なのか?ということにもなりかねません。

 そもそもリブラが計画されるようになった背景には、新興国や途上国では預金口座を持たない人々が大半を占めるなど、いわゆる「金融包摂」が不十分だという現状があります。預金口座を持っていない人は送金ができない。口座を持っていても、海外送金は結構手数料が高いですし、手間も時間もかかります。

リブラなら、出稼ぎ先の国から本国の家族にスマホで瞬時に、たとえば1ドル相当程度の少額の送金でも、コストをかけずに、いつでも誰でも可能になります。

たとえリブラを潰したとしても、同じような構想が次々と現れ、これを抑え込むのは将来的には困難でしょう。

前述のG7でまとめられた議長総括をみると、リブラを規制するということだけでなく、リブラのような動きが「国境を超える決済システムが顕著に改善され、消費者にとってより安価になる必要があることを示していることでも合意した。」とも書かれています。

つまり、なぜリブラが現われるのかといえば、そもそも各国の通貨当局や金融界が金融包摂の努力を怠ってきたからだ、ユーザーのニーズに十分に応えられていなかったからだと、自分たちが猛省を促されていることを認めたことになります。

法定通貨の世界にも地殻変動

こうした流れの中で、今後、世界各国で暗号技術を使ったデジタル法定通貨の導入が進んでいくことが十分に予想されます。すでに欧州中央銀行(ECB)など欧州勢はデジタル法定通貨に前向きだとも言われています。肝心のアメリカでは、少なくとも5年内にデジタルドルを導入することはないと、ムニューシン財務長官は述べていますが、中央銀行であるFRB(連邦準備制度)では24時間365日即時決済システムの導入を検討しているようです。

いきなりデジタル暗号通貨でなくても、少なくとも現在の仕組みにおいて、自らの利便性を改善していかないと、法定通貨がどんどん侵食されていく。そんな恐れを各国通貨当局が強く感じていてもおかしくないでしょう。

ビットコインのようにインターネットで送付可能な電子的支払い手段(経済的価値)が現われてから、私たちはこれを「仮想通貨」という名称で呼んできました。それは「仮想」という名のごとく、法定通貨以外の暗号通貨を意味します。各国の当局からみれば、これは「通貨」に当たらないので、正式には「暗号資産」と呼ぶことになっています。

ただ、仮想通貨(暗号資産)と同じような技術基盤を用いたデジタル通貨を「暗号通貨」と呼べば、そこには、これ以外にも、法定通貨(ないしは法定通貨圏に属する通貨)としての暗号通貨も存在し得ることになります。

前者の仮想通貨(暗号資産)の場合、その多くがブロックチェーン技術を分散型のパブリックチェーンとして用いていますが、後者の場合は多くが、中央管理型のプライベートチェーンとなるでしょう。リブラも、少なくとも導入当初の5年間はプライベートチェーンのかたちを採ると言われています。

ちなみに、分散型の場合、通貨基盤としてブロックチェーンを使うのは、容量的な限界があるとされていて(これは前回も述べた点です)、法定通貨を量的にカバーするのは実際には困難だという説もあります。

こうして、デジタル人民元やリブラの登場によって、世界各国とも法定通貨のあり方に情報技術の面から大きな変革を迫られることになる…。そのとき、日本はどうするのかが問われてきます。ひょっとすると、いずれ日本人もデジタル人民元を使うようになる…?

その利便性に惹かれて日本人もこれをペイペイの如く使用することとなれば、私たちの個人情報は中国が管理するビッグデータに組み入れられることになる恐れが否定できません。一説によれば、中国は情報技術を駆使して「ハイブリッド戦」を仕掛けているとも言われます。アメリカが情報技術で中国を排除しようとするのには、一定の理由があります。

やはり、日本としても、便利で使い勝手の良い独自の法定暗号通貨の導入を検討すべきではないでしょうか。

ちなみに日本銀行は、「日銀コイン」の発行には消極的です。それによって発行元の日銀に膨大なビッグデータが集まることを避けたいからだそうです。むしろ、すでにマイナンバー制度で個人情報の管理が確立している日本政府が発行することが考えられます。

私は「政府暗号通貨」を発行して財政をも健全化させる「松田プラン」を提唱しています。詳しくは、回を改めてご紹介したいと思います。